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【前編】神野大地選手 独占インタビュー 「山の神」から「プロランナー・神野大地」に。(全2回)

青山学院大学時代に「3代目山の神」として一世を風靡した神野大地選手(セルソース所属)。その後実業団に入りマラソンを始め、プロに転向して5年が経ちます。

そんな神野選手へのインタビューを、二回にわたってお送りします。前編である今回は、陸上を始めてからプロになるまでのランナー人生を振り返ります。

彼のランナー人生には、常に素敵な人との不思議なご縁がありました。

神野 大地|Daichi Kamino

1993年9月13日、愛知県津島市出身。
中学校で陸上競技を始め、中京大中京高校から青山学院大学に進学。大学3年生時の箱根駅伝往路5区で区間新記録を樹立し総合優勝に貢献。MVPを受賞し「3代目山の神」と称される。大学卒業後は実業団を経て2018年にプロ転向。2019年アジアマラソン選手権では優勝し、アジアチャンピオンに輝く。2021年防府読売マラソンで自身初のサブテン(2時間10分切り)を達成し日本人トップとなり、パリ五輪マラソン代表選考会(2023年10月15日開催)の出場権を獲得した。

エリートではなかった幼少期

ーー神野さんが長距離ランナーになったきっかけを教えてください。

短距離は文化部の人よりも遅いくらいだったのですが、長距離の方が人より少し前の方に行けて活躍できるかな、くらいの走力でした。

ただ、競技として始める大分前から、長距離を走ることが好きでした。「長距離=辛い」と感じる人も多いと思うのですが、僕は速くはなくても、長距離を走ることが「気持ちいい、楽しい」と感じていました

中学生では野球と陸上を掛け持ちしていたのですが、体格の問題もあって陸上に専念するようになりました。中学では全く結果が出ていなかったのですが、中京大中京高校に行った先輩から誘われて練習に参加してみたところ、監督から「きみは今後絶対伸びるから、うちに入ってほしい。」と声をかけてもらい、無名ながらもスポーツ推薦で中京大中京高校へ入学することになりました。

ーー中京大中京高校ではどのような成績だったのですか。

高校1年生の頃は実績もなく、全然速くなかったです。同じ高校の女子選手よりも遅いくらいでした。その後は練習を重ねてどんどん速くなり、高校2年生の5月に県大会で5,000mの自己ベストを40秒近く縮め、愛知県の4位に入りました。その時初めて箱根駅伝を意識するようになりました。

東海大会で負けてインターハイには行けませんでしたが、県大会後の夏合宿が大きな転機でした。長野県の菅平で合宿していたのですが、青山学院大学(以下、青学)も同じ場所で合宿していて、原監督も当然来ている。僕らは100人ぐらいで走っていたのですが、その中から僕の姿を見つけて、声をかけてくれました。その時の会話は今でも覚えています。

原監督「君の名前は何だ?」
神野大地「神野大地といいます。」
原監督「君は今、5,000mを何秒で走るんだ?」
神野大地「14分49秒です。」
原監督「そうか。君はまだ青学に入れる条件は満たしてないけれど、今後きっと伸びると思うから、青学に入ってほしい。」

ーーそれが青学への入学のきっかけですか。

そうですね。実は、原監督と出会った後に5,000m 14分33秒という記録を出していて、それからは色んな大学から声が掛かりました。

ですが、何者かも知らず、走っている姿だけを見て声をかけてくれたのは原監督だけでした。そういう監督の下でやってみるのは楽しそうだなと思い、青学に入ることを決めました。

ちなみに、合宿所で改めて挨拶に行った時の原監督の第一声が『こんなに小さいのか!』だったこともよく覚えてます(笑)。当時の体重は36kgで“マッチ棒”とか“もやし”とか呼ばれていた時代だったので。でも走っている時は、もっと大きく見えていたみたいです。

3代目山の神へ

ーー青学に入学してからはどうでしたか。

大学1年生の時は怪我で余り上手く行かなかったのですが、2年生で力を伸ばすことが出来て、箱根のエース区間と言われている2区を走りました(区間6位)。そのまま3年生時も2区を走る予定だったのですが、箱根駅伝まで残り1ヶ月半と迫ったところで急遽5区を走ることになりました。

2区は最後に「戸塚の壁」(壁に感じるほどの急な坂)と言われる坂があるので、2区と5区を走る選手が山の練習に行くことが多く、この時も5区の予定だった一色恭志(現GMOインターネット)とその練習に行きました。

ですが、その練習で僕がとんでもない記録を出してしまい、練習が終わった後すぐに原監督から「神野は5区だ!」と言われ、一色が2区、僕が5区になった、という経緯があります。

ーーその結果、5区で区間新記録(当時)を出し、大学史上初の優勝に貢献したのですね。

僕自身、登りは苦手だと思っていたので、まさか5区を走ることになるとは思っていなかったです。原監督は良くメディアに『神野の坂の才能は夏には見抜いていた』と言っていましたが、本当は直前に決まったことです(笑)。

ーー学生時代、怪我はされなかったですか。

僕は元々筋肉質ではないので、怪我は多い方だったと思います。大学時代は合計4回疲労骨折しました。

今振り返ると、確かに練習しすぎていたと思います。青学は普通に練習するだけでもキツイのですが、それに加える形で頑張っていました。

本当は、少し気になる段階で1〜2日休めばいいのですが、チームに言うと空気も悪くなるし、サボってると思われたくない。何より強くなりたいので、練習が出来ずに遅れをとる方が悔しいと感じていました。そうして言えないまま練習を続け、深刻な痛みや怪我になってしまう、という形です。

今は自分でコントロールできるようになりましたが、当時は練習を休むということは難しかったですね。ただ、「あの時ああすればよかった」と後悔しないために、練習後のケアやストレッチは入念にやっていましたし、それで良かったと思います。

ーー大学卒業後、実業団を経てプロに転向されました。どういった心境の変化だったのでしょうか。

「プロ転向」を考え始めたのは、コニカミノルタに入って2年目の頃でした。ちょうどマラソンを意識し始めた時でもあります。初マラソンの結果が余り良くなかったこともあり(福岡国際:2時間12分50秒)、「もっと練習がしたい、挑戦したい、やりきりたい」という思いが強くなっていきました。

そして何より、東京オリンピックの選考会まで2年と迫る中で、「このままの状態を続けてオリンピックに行けなかったら、絶対に後悔する」と確信したことが大きかったですね。

一緒にやるのは、聖也さんしかいない

ーープロ転向を決意してからはどのようなアクションをとられたのですか。

プロになるためにはサポートしてくれる存在が必要ですが、僕の中では(髙木)聖也さん一人しかいなかった。聖也さんは大学の1つ上の先輩で、彼が4年生、僕が3年生の時はマネージャーを務めていました。

聖也さんは大手銀行で働いていたのですが、聖也さん以外は考えられなかったので「プロになりたいのでサポートして欲しい」とお願いをしました。ロイヤルホストで2回くらい(笑)。もし聖也さんが引き受けてくれなかったら、プロ転向は諦めてコニカミノルタに残っていたと思います。

ーーそれだけ髙木さんへの信頼が厚かったのは、何か理由があるのですか。

青学が初優勝する前の年に聖也さんがマネージャーになってから、組織としてのレベルが一気に上がりました。選手たちの生活面を整えたり、新しい挑戦や変化を選手全員が前向きに捉えられるように動いてくれたり。聖也さんがそういったことをしてくれたお陰で、チームがどんどん纏まっていったように思います。

青学が優勝した翌日のテレビ出演で、「MVPは誰ですか」という質問がありました。他のメンバーは「神野大地」と僕の名前を挙げてくれたのですが、僕は「髙木聖也」と書いたんですね。そのくらい、あの年は聖也さんがいたから優勝できたと思っています。

自身が目立つ側で頑張れる人は沢山います。ですが「他人を陰で支える」ということを、ここまで出来る人って中々いないですし、やるとなったら本気でやってくれる人だと思っていました。

ーー髙木さんに伺いたいのですが、そういったお二人の信頼関係があったとはいえ、銀行を辞めることに不安はありませんでしたか。

(髙木聖也)当時、東京オリンピックって、日本中で話題になっていました。でもこのまま銀行にいたら、何も携われないまま、関われないまま終わってしまうんだなと。

神野からマネージャーの誘いを受けたとき、そこを目指せるかもしれないなら、一緒に挑戦したいと思いました。きっと、断ったら後悔するなと。あまり深く考えず、感情・思いで飛び込んだ感じです。

あと、何より神野はスター性があるので、一緒にできることに凄くワクワクしました。

ーー神野さんにとって髙木さんとはどんな存在ですか。

こういう表現が適しているのかは分かりませんが(笑)、身体の一部ですね。いなくてはプロとしての活動を続けることすらできない。絶対になくてはならない存在です。

ーー髙木さんから見た神野さんはどんな人ですか。

(髙木聖也)競技への姿勢とか、色々と「ちゃんと」してる人、ですかね。一緒にやっていくにあたって、どれだけ強い選手でも、根っこの部分が信頼できないと難しい。神野のそこが信頼出来たので、一緒にやろうと思いました。

あとは、自分の判断軸をしっかり持っているな、と思います。「マラソン選手ってこうだよね」といった前例にとらわれずに選択・決断ができる人であることも頼もしく思います。

【後編】地域活動に込める想い、そしてオリンピックに向けて へ続く


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